口呼吸が体に与える影響については、非常に大きいことが近年明らかになってきました。この3年間のコロナ禍でマスク生活を余儀なくされた結果、無意識に口呼吸をしてしまう人が増えたように思います。
特に子どもにおいては、口呼吸によって多くの健康被害を引き起こすことが指摘されております。例えば、風邪やインフルエンザなどに罹患しやすくなったり、アレルギー症状を引き起こしやすくなる可能性があるだけでなく、歯並びにも影響を与えます。
この「歯並びの良し悪し」は咀嚼能力に直結するため、身体と脳の発育や運動能力にまで多大な影響を与えることが考えられます。
そのほか熱中症で倒れる子どもや、授業中に集中力を欠く子どもが近年増えていることも、口呼吸と関係があるのではないかと言われています。
口呼吸になる原因
口で呼吸するようになる原因は、大きく分けて2つあります。
1.機能的に鼻で呼吸ができない
機能的に鼻で呼吸できない理由として、鼻中隔湾曲症やアレルギー性鼻炎、扁桃肥大により鼻呼吸が物理的に障害されているケースが挙げられます。慢性的に鼻呼吸が障害されることで口呼吸せざるを得ない状況に陥っており、このような問題を抱えている場合は、耳鼻科に通院してその原因を取り除く必要があります。
アレルギー性鼻炎の場合、なぜアレルギーになったのか原因を見つけることも重要です。食品によるアレルギーはもちろんのこと、ペットやハウスダストなどによるアレルギーも考慮する必要があります。
アレルギー性鼻炎により鼻が詰まってしまうと口呼吸するようになり、口呼吸がさらに慢性扁桃炎を引き起こし悪循環に陥るケースもあるので、しっかりと対策することが肝心です。
2.鼻で呼吸することが習慣付いていない
2つ目の理由として、鼻で呼吸するトレーニングができていないために口呼吸の習慣が身に付いてしまうことがあります。
しっかり口を閉じて鼻で呼吸することは簡単そうに思えますが、様々な条件を満たす必要があり、実は難しいことなのです。この3年間にも及ぶコロナ禍で子どもたちがマスク生活を余儀なくされた結果、鼻で呼吸しづらい状況が慢性的に続き、口呼吸の習慣がついてしまった子どもが増えた可能性があると言われています。
口呼吸が身体にもたらすデメリット
次に、口呼吸によるデメリットにも触れておきたいと思います。
(1)風邪やインフルエンザなどの感染症に罹患しやすくなる
鼻呼吸の場合、まず鼻腔に空気を取り込みます。この時、ウイルスや菌・花粉などの異物を含んだ冷たく乾燥した空気は、鼻腔内を通ることで鼻腔内の粘膜により適度な湿度と温度を与えられ、鼻毛や線毛によりウイルス等は排除されます。
一方、口呼吸の場合はウイルスや菌を含んだ冷たく乾いた空気がダイレクトに気管を通り肺に到達するので、感染リスクが高くなるだけでなく慢性的なアデノイド※1や扁桃腺の肥大や炎症を生じさせ、全身に様々な悪影響を及ぼします。
※1:上咽頭にあるリンパ組織の一種。
(2)酸素の換気効率の低下
常に口呼吸をしている人は、鼻呼吸の人に比べて酸素の換気効率が低下していると言われています。体内への酸素量の低下が睡眠障害などにも関係していると考えられており、睡眠障害の結果として目の下にクマができたり、落ち着きのない子どもが増えているのではないかと考えられています。
また、口呼吸をしている人は舌の位置が悪いことが多く、舌が後方に位置するような場合は気管を圧迫するため睡眠時無呼吸症候群になることが考えられます。
(3)成長期の子どもにおける不正咬合
成長期における歯列弓※2の育成は、安静時の舌の位置に大きく影響を受けます。安静時に上顎にピッタリと舌が収まることで健全な歯列弓が育成されるのですが、口呼吸の子どもは舌が低い位置にあることが多く、上顎が発達せず狭まった歯列弓になってしまいます。
また、鼻呼吸ができている子どもは常に口を閉じているため、前歯が前方に出るのを防いでいます。一方、口呼吸の子どもの口唇は前歯が前方に出るのを防ぐ力もありませんので、その結果として上顎前突になるケースが多いのです。
(4)その他
加えて、口呼吸は子どもの熱中症や集中力の欠如にも影響を与えていると考えられています。
口呼吸の場合、吸い込んだ冷たい空気が鼻腔を通らないため、頭部が冷やされにくくなり熱中症を引き起こしやすくなると言われています。また、集中力が欠如するのは「頭に熱が溜まりオーバーヒートしてしまうから」とも考えられています。脳のオーバーヒートは勉学やスポーツにおいて大きなデメリットとなります。
このように口呼吸におけるデメリットは多岐に渡り、とりわけ成長期の子どもへの影響は非常に大きいと考えられます。
鼻呼吸を身につけるために必要なこと
鼻呼吸を獲得するために必要な条件は、主に3つあります。
①鼻閉がないこと
鼻詰まりに関して「いつものことだから」「この時期は仕方ない」と見逃さずに、耳鼻科に通院し治療することが大切です。医科と歯科でさらなる連携を構築することが重要課題と考えます。
②姿勢について
現代では、大人・子ども問わず猫背や反り腰の人が非常に増えています。自分の体重や骨を支える筋肉が備わっていないことも原因の1つです。
赤ちゃんは生まれてからまず首が座り、寝返りをしハイハイをして、つかまり立ちの後に歩き始めるというように、段階を踏んで発達していきます。「早く発達することが良いこと」という風潮によって発達段階を飛ばしてしまうことが散見されますが、無理に立たせずハイハイの時期を長く取るなど十分にゆっくりと時間をかけて発達させていくことで、自分の筋肉で自分の体重を支えられるようになります。
そして、正しい姿勢で立つことにより呼吸をするための筋肉を作っていくのです。また、母乳の与え方や期間、離乳食の開始時期や与え方、抱っこの仕方、妊娠期のお母さんの姿勢なども、子どもの姿勢や口腔機能に影響を与えるので注意が必要です。
③指しゃぶりや態癖について
日々診療を行う中、子どもの指しゃぶりをやめさせることはとても難しいと感じますが、指しゃぶりにより口腔形態は崩れてしまいます。例えば、親指を吸うことで上顎が前方に突出し、口が閉じにくくなるということが起こります。
このように顎の形態異常が生じてくると、口を閉じて鼻呼吸することが機能的に難しくなります。また、慢性的に頬杖をついたり、寝る時にいつも横向きで寝るなどの態癖※3により、顎が変形し、噛み合わせが崩れ、鼻呼吸がしづらくなって口呼吸になることもあります。
※3:日常生活で無意識に行う習慣のこと。
結論
口呼吸は、子ども大人に関わらず様々な悪影響を引き起こす原因となります。これからの国際社会において、我が国で生まれた子ども達が健全に育ち世界に羽ばたいていくためにも、鼻呼吸の獲得が大切です。
ただ、鼻呼吸を獲得するためにはいくつもの関門があります。胎児期も含む赤ちゃんの時からの発達の仕方や習慣などが大きく影響しており、鼻呼吸を獲得するためには胎児期からの専門家による介入が必要とされています。
しかし、歯科領域のみからのアプローチには限界があり、今後は産婦人科・耳鼻科・小児科さらには保健師や助産師など多職種による総合的な連携の構築が重要になると考えています。
<参考文献>
・戸川清:呼吸生理における鼻呼吸の意義.日本耳鼻咽喉科学会会報79:1272-1274,1976
・進藤由紀子:小学生における歯列・咬合と口呼吸との関連性について.小児歯科雑誌47:59-72,2009.
・木村真奈美,和田裕雄,谷川武:小児の睡眠時無呼吸23:70-75,2018
・岩崎智憲:歯科からの睡眠医療への貢献−これまでの研究とこれから−35:14-26,2022